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コンセプト

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すべては家族の幸せのために

えちぜんの家は、「いつも仲良く暮らしたい」と考える家族が笑顔で過ごすことのできる家づくりを約束します。
建築中からしっかりした建物であること、キレイな工事現場であることを心掛け、完成してからは「立派な建物だね」と友達に誉められる家づくりを地域の家守りとしての姿勢を貫きたいと考えています。
家族の笑顔を守るために身体に害を与えない素材を使い、いつまでの生活の質を高めつづける家づくりを約束します。
家族の時間が美しく積み重なる家づくり…
10年、20年後まで家族みんなの記憶にのこる家づくり…
そして、いつ思いだしても家族が笑顔になる家づくりを提供します。

えちぜんの家5つの約束

約束1 設計 家族が笑顔で集まる家づくり 約束2 施工・デザイン 友達に誉めてもらえる家づくり 約束3 メンテナンス 家族の幸せをいつまでも見守る家づくり 約束4 素材 家族の健康を守りいつでも帰りたくなる家づくり 約束5 サービス いつまでも家族のワンシーンに残る家づくり

松田の哲学

「家を建てる」目的は?家が狭くなったから、子供部屋が欲しいから、冬寒いから、地震が来ても安全でいたいから、大家族で住みたいから、こういう家に住みたいから、など・・・人によっていろいろです。
一言で言えば、「すべては家族の幸せのため」に建てるのです。株式会社松田工務店の家づくりは、お客様の「家族の幸せのため」の家づくりをどのようにお手伝いするかが出発点です。
家の中で家庭が育ち、幸せが育まれます。そのためには、「安心・安全・健康・便利」でなくてはなりません。そのお客様の家と幸せをつくるお手伝いをさせていただく私たちも、常に能力向上に努めなくていけないと考えています。

当社は、ISO9001:2008を認証取得しており、高い品質で住宅を提供させていただいています。古来の伝統技術を尊重し、新しい技術を取り入れ、素材にこだわり「ほんもの」の住宅を追求します。
当社では社員と大工さんなどの協力業者さんとともに、技術的なことはもちろん、仕事人としての基本的なことまで勉強会を通じて学んでいます。
また、お客様には建ててからも安心していただけるよう主治医のごとく「家守り」として、生涯お付き合いさせていただいています。

株式会社松田工務店 代表取締役 松田沢弘

episode_01 子守唄は機屋(はたや)のガチャガチャ

旧朝日町西田中で機屋(はたや)をしていた両親の元 昭和32年に機屋の長男として生まれました。朝5時から夜10時までの2部制の機屋です。両親は毎日職工さん達が来る前4時過ぎには工場に入り、職工さんが帰ったあと11時過ぎ、時には夜中まで工場で仕事をしていました。当時来られていた職工さんから聞いた話ですが、私が小さい時は母親におんぶされたり籠に入れられて工場で寝ていたそうです。あの、ガチャガチャとうるさい音を子守歌替わりに育ちました。どうりで今でも耳が少し聞き取りにくいことがあります。小さい声で話す人の話は聞き取れないことがあります。
当時、祖父は朝日土建という機屋の工場建築中心の土建屋をしていました。

episode_02 勉強嫌いで負けず嫌い

小さい頃から、長男の私は家を継げ、弟は日本中どこへ行ってもいいけれど自分で家を建てられるよう力をつけろと言われて育ってきました。その通り、小学校時代は全く勉強もせず家の手伝いを少ししながら山や川で遊び回っていました。勉強嫌いですけど負けず嫌いでしたので、その後努力をして大学まで進学させてもらいました。
ちょうど、大学の学科を選ぶ時です、当時オイルショックで繊維業界は駄目だろうと言われていたので、次の選択肢は建築しかありませんでした。それで地元の福井大学の建設工学科に入学したのです。私の高校時代には祖父の土建屋はすでに廃業していましたけど、家を継げと言う教えには他の考えがなかったのだと思います。

episode_03 小さい会社で大きな収穫

大学卒業後の就職先は、当時福井県出身の最大大手企業に学校推薦をいただいていましたが、福井には将来戻れないと言うことを聞き、急きょ県内の橋本工務店に就職をさせていただきました。就職した橋本工務店は小さい規模ですが老舗で、当時仕事の良さはピカ一という評判でした。大手企業では学べない雑務から大手企業と肩を並べる国の機関の厳しい品質管理の仕事までを担当することができました。就職した8年間は、勉強に仕事にと早朝から夜中までいろんな事を学び あっと言う間でした。
当時親から、「朝早いのはいいけど、夜中に帰ってシャッターを閉めるな。近所に迷惑だ」と叱られた事もしょっちゅうでした。

episode_04 開業できたのは祖父のおかげ

ちょうど、就職して8年たった30歳の時です。それまで仕事に追われて独立など考える余裕など無かったのですが、当時77才だった祖父がもう5年したら応援できなくなると言われたのがきっかけで独立しました。それから5年後に祖父は他界しました。開業した時には、祖父の土建屋の仲間である社長さん達や親戚の会社が鉄骨造の事務所を建てるのを任せてくれたり、勤めていた時代の上司や勤めていた時担当した個人のお客様達から声を掛けていただきました。
そうこうしているうちに役所からも提案、見積、入札の依頼が来るようになりました。開業して5年で今の事務所を建ててやっと社員が来れるようになったのです。

episode_05 もうお金がない……

開業当時、退職金で軽トラックを買い、勤めていた時の預金で建築CADソフトとパソコンを購入しました。
その時のことを今でも思い出します。
退職して3ヶ月、もうお金がないと言う時でした。次男が生まれた年だったので家内も育児休暇中で収入がありません、長男の2才の誕生日の日、おもちゃ屋さんで、あるおもちゃを眺めてため息をつき一度店の外に出ました。自分の財布の中を見ると、お金より子供の喜ぶ顔が見え、ふたたびお店に戻り、なけなしのお金を出してそのおもちゃを買った事がありました。

episode_06 日本建築っていいですよね

当社は、勤めていた時代からの評判もあって、当時からかなり難しい本格数寄屋住宅の依頼が数多くありました。金額も規模も大きい住宅です。そういう仕事を通して日本建築の良さを体感してきました。その美しさと良さを備え、かつ技術を落とさずに価格が手ごろになるようにと考案したのが、自社ブランド「えちぜんの家」です。
開発以来、えちぜんの家もたくさんのご支持をいただいています。
開業して20年目には「住まいの資料館」をオープンしました。今までの培ってきた技術と構造美、自然素材の良さ、そして豊富な資料を五感で体感していただけるように工夫しました。
今後この越前の地でお世話になった地域の方々への感謝の気持ちでいろんな形で開放していきたいと思っています。

episode_07 100年企業を目指します

開業して30年になります。振り返れば、お客様をはじめ地域の方々、協力業者さん、社員、そして家族と皆さんに支えられてここまでやってこられました。そのことに感謝しつつ、株式会社松田工務店はこれから“100年企業”を目指し頑張り続けます。