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敬老の日

2016.09.19


今日は敬老の日です。

大学生の我が息子も「敬老の日」ということで、お婆ちゃんの所へ果物を持ってお祝いに駆けつけました。

自主的ならいいのですが、おおかた家内に催促されて行ったのだと思います。

お婆ちゃんは喜んで学生の息子にお小遣いを・・・。どこの家庭でも見られる風景でしょう。(笑)

 

私達昭和育ちの者にとっては、敬老の日は9月15日といまだに思い込んでいる人多いのじゃないでしょうか?

実は、私の誕生日がその昭和の時代の「敬老の日」でした。

子供心に誕生日が「敬老の日」ということがちょっと抵抗はありましたが、いつも誕生日が祭日で学校が休みだったのは嬉しかったです。

でも、小学校低学年の時には学校へ行った記憶があるのです。

なるほど、今朝の新聞に次のような記事が載っていました。

 

中国山地の山々に囲まれた兵庫県多可町に「『敬老の日』提唱の地」の碑が立っている。
 戦後の混乱が続く1947年9月15日、当時の野間谷村(現・同町八千代区)で、村主催の敬老会が開かれた。長年、社会に貢献したお年寄りに敬意を表し、知識や経験を聞いて村づくりに役立てることが目的だった。
 農閑期で気候も良いこの日を選び、村中の自動三輪車を繰り出して55歳以上の人を公会堂に送迎。ごちそうと余興でもてなしたそうだ。翌年、「国民の祝日に関する法律」が施行されたが、高齢者を敬う祝日は入っていなかった。そこで、村は9月15日を「としよりの日」と定め、独自の祝日とした。
 その後も村は国や県に働き掛け、66年の法改正で9月15日が「敬老の日」として国民の祝日に仲間入りした。ただ、3連休以上を増やすために一部の祝日を月曜日に移動させる「ハッピーマンデー制度」の導入で、2003年から9月の第3月曜日が敬老の日となった。
 起源には異説も。聖徳太子にちなむ伝承もその一つだ。太子は、病人や身寄りのない子ども、お年寄りを救済するために、四天王寺(大阪市)に「悲田院」を設けた。その日が9月15日だったという。(西日本新聞)

 

なるほど、祝日には意味があって、お祝いをするなら日にちは一定にして変えない方がより重みがあると思いますけどね。

 

また北國新聞のコラムには次のような記事が載っていました。

またまた納得です。(笑)

 

一夜にして「おねえさんから、おばさんになりました」。結婚した若い女性が話していた。近所の子どもたちの呼び方が変わったのだという。
 ある化粧品メーカーの調査によると、三十代の主婦の61・9%が「おばちゃん」と呼ばれることに抵抗感を示し、外見(がいけん)からも自分は「おばちゃんではない」と半数以上が回答している。「気持ちは実年齢(じつねんれい)より若い」との答えも64・3%いた。
 この調査の意味するのは、各世代を超えて外見的な若さに自信を持っている人が増えている昨今(さっこん)の世相(せそう)の変化である。長寿化(ちょうじゅか)が進み「最近の年寄りは年寄りの自覚がない」といわれるが、その現象と共通するものがあるだろう。
 孫(まご)に「おばあちゃん」と呼ばれるのは仕方ないが、孫の通(かよ)う若い幼稚園の先生に「おばあちゃん」と呼ばれると腹が立つと、わが家の「おばあちゃん」が言う。その気持ちはわからないでもない。このごろ電車の中で席を譲られることがある。自分も「おじいさん」に近づいている。
 自覚がないだけである。だれも自分が思うほど若く見られてはいないのである。「敬老精神(けいろうせいしん)」もむずかしい時代になった。

 

 

 

 

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